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教会設立以前の伝道(〜1985)
波崎における伝道は、戦後、銚子教会によって始まりました。最初は天幕伝道から始まり、銚子から牧師や宣教師が渡船で利根川を渡り、伝道がなされました。若狭正一牧師の時、1960年4月に波崎伝道所が開設されました。1962年2月には、波崎伝道所の建物が完成し、教会学校や伝道集会が行われました。1962年12月、銚子大橋が完成し、銚子と波崎は陸続きになりました。その後も伝道は続けられましたが、やがて波崎伝道所での働きは終了しました。
その後、波崎に住む一信徒に、波崎に教会を建てたいとのビジョンが与えられました。渡辺和郎牧師はその思いを受け止め、銚子教会のビジョンとし、波崎町土合での新たな開拓伝道が始まりました。1981年には、婦人家庭集会や夜の家庭集会が始められました。また、1982年には、一信徒の提供による一軒家を銚子教会土合伝道所として使用し始め、教会学校や伝道集会が行われて、信じる方が起こされていきました。そして、1985年3月の銚子教会の教会総会において波崎での伝道によって導かれた方々を中心に11名の教会員に笠川徹三牧師夫妻を迎え計13名の教会員をもって波崎キリスト教会を設立することが決議されました。
教会開拓期(1985〜1995)
1985年4月、日本同盟基督教団波崎キリスト教会が設立され、笠川徹三牧師が初代牧師として就任されました。教会員は、教会設立を喜びつつ、伝道と奉仕に励み、教会活動は充実していきました。その結果、神の恵みによって受洗者や転入会者が加えられ、教会は順調に成長していったのです。教会員は、86年には19名、87年には28名、88年には33名になりました。また、86年と87年の2回に分けて、須田団地に新会堂用土地を購入し、会堂建設のための具体的準備に入りました。
88年の教会総会資料には、今後の目標とビジョンが掲げられています。「教会形成5本の柱 A.霊的に覚醒されている教会 B.多産的な教会 C.信仰継承できる教会 D.賜物を生かす教会 E.世界宣教に参加する教会」 「長期ビジョン 鹿島臨海工業地帯に関係する地域(20万人)への宣教をめざす。1990年までに波崎須田の教会用地に会堂を建設する。」笠川牧師は、88年12月に大阪の茨木聖書教会に赴任のため、当教会を辞任されました。
中尾牧師は、88年9月から神学生として奉仕を始め、神学校を卒業後、89年3月に当教会第2代牧師として就任されました。中尾牧師を迎えた教会は、計画通り会堂建設に取り組みました。そして、89年11月には会堂建築工事が開始され、翌90年3月に会堂が完成し、4月に献堂式を行うことができました。教会にとって献堂式は、教会設立に次ぐ大きな喜びの時となりました。こうして教会は土合から須田の地に移転して、新しい歩みをスタートしました。
会堂が須田に建てられたことについて、中尾牧師は、献堂記念誌の巻頭言に次のように書いています。「波崎キリスト教会は旧教会堂のあった土合の地をすでに踏んできました。神様はその地も与えてくださっています。そればかりか、宣教の主であられる神様は、波崎町ばかりでなく、鹿島地区も、そして利根川の対岸である東庄も取るべき地、踏むべき地として与えようとしておられます。与えられた教会が宣教の拠点として用いられるようにと、祈らされます。」
教会は、その後も順調に成長し、91年には、教会員38名、礼拝出席者30名となりました。また、90年9月には、銚子市森戸霊園に教会墓地用地を購入しました。中尾牧師は92年3月に新潟の五十嵐キリスト教会に赴任するため、当教会を辞任されました。
92年4月に石原牧師が第3代牧師として就任しました。教会は、外に向かっての宣教の拡大と教会内の充実を目指して、活動を継続していきました。93年には役員の任期制を決め、信任投票による役員選挙を開始しました。94年9月には、協力宣教師としてスイス同盟宣教団のベルチ宣教師を迎え、2001年3月まで宣教師との協力伝道を行う恵みにあずかりました。
教会形成期(1995〜2005)
95年には教会設立10周年を迎えました。石原牧師は10周年記念誌に、次のような今後の目標を書いています。「活発な伝道。信仰の成長。喜びの礼拝と奉仕の生活。教会員の賜物が用いられる教会形成。パイプオルガン設置。宗教法人設立。開拓伝道や世界宣教に貢献する教会。」
この10年は、伝道、礼拝、教育、交わり、奉仕の5つの教会の目的をバランスよく行い、健全で健康な教会形成を目指しました。伝道では、サイドドア伝道を積極的に行いました。サイドドア伝道は、教会のフロントドア(正面玄関)から入りにくい方々にも教会に気軽に入っていただくために、サイドドア(勝手口)を広げて地域の方をお迎えする伝道です。具体的には、英会話、クッキングクラス、手芸、合唱団、フラワーアレンジメント、幼児クラスなど様々なクラスを開いて伝道しました。また、クリスマス伝道も祝され劇の上演に取り組みました。その結果、地域の多くの方が教会に訪れました。2002年にはワールドカップ伝道を行いました。
礼拝では、みことばに養われ、賛美の賜物が生かされ、大人も子供も共に礼拝することを目指してきました。97年11月にはパイプオルガンが設置され、奉献礼拝と奉献コンサートを行いました。その後、毎週の礼拝と毎年のオルガンコンサートや研修のために用いられています。
教育では、みことばに養われるために聖書通読に取り組んできました。また、聖書を学ぶ小グループや成人クラスがもたれました。2004年4月からは、全年齢層対象の教会学校を開始し、礼拝10時、教会学校11時15分開始に変わりました。
交わりでは、各会の交わりを充実させ、毎月各会の例会が持たれるようになりました。また、スポーツ、キャンプ、バーベキュー、賛美の集いなどがその時々にもたれて、主にある家族の交わりを深めました。
奉仕では、教会員の様々な賜物が生かされて、サイドドア伝道や教会の奉仕のために教会員が労することができました。特にこの10年で教会の内的充実がはかられ、そのための奉仕が行われました。
97年4月には教会規則を制定し99年10月には宗教法人を設立することができました。法人設立の準備はすべて教会員で行いました。
また2001年11月には教会墓地が完成し、奉献式を行いました。
2005年には、駐車場として隣接地を、また、牧師館を会堂裏地に購入することができました。
2006年末にはハンドベルを購入し、ハンドベルクワイアの活動を開始しています。
教勢は、10周年の95年には教会員41名、礼拝出席者36名、99年には教会員49名、礼拝出席者51名、2006年には教会員62名、礼拝出席者56名となりました。2007年には教会ビジョンを定め、「地域に根ざし、世界に出て行く教会」を目指して新たな歩みを始めています。今後、新しい駐車場にも車が満ち、会堂にも人が溢れることを目標に、次の10年が宣教拡大期となることを願って、伝道と教会形成に励んでいきたいと願っています。
危機対応機(2005〜2015)
20周年を迎えた教会は、引き続き宣教の拡大を目指しつつ、礼拝、伝道、教育、交わり、奉仕の5つの教会の目的をバランスよく行う健全な教会形成に取り組みました。
2006年にはハンドベル2オクターブを購入し、ハンドベルクワイアの新たな音楽活動が始まりました。外部の講習会にも参加し、技術の向上も目指す中で、3オクターブ目のベルとトーンチャイムも購入し、現在は大人2チームと子供1チームが活動し、伝道のために用いられています。
また地域の人々をお誘いする活動として、英語バイブルクラス、キッズスポーツ、聖書入門クラス、こひつじくらぶ、シオン礼拝、英語礼拝、バイブルカフェ、教会学校フェスティバル等様々な活動を行いました。さらに毎年の特別集会、パイプオルガンコンサート、クリスマスイブ礼拝にも多く地域の方が参加されました。
またこの時期には教会堂のリフォームが行われました。建物は20年経つと様々な箇所に手を入れる必要があることを経験しました。その都度必要が満たされ、使い勝手の良い教会堂となりました。
さて最近の大きな出来事は、何と行っても2011年3月11日に起きた東日本大震災でしょう。この日を経験した人は、一生忘れないことでしょう。幸いにも教会堂は被害がなく、教会員の家も大きな被害もなく守られ、人的被害もありませんでした。けれども神栖市内では至る所で大きな被害が出、断水も長期化しました。また東北地方は甚大な被害を受けました。そのような中で、教会はこの危機に何ができるかを問われました。
そして、この危機を機会と受け止め、その後教会から14チームを被災地ボランティアに派遣しました。被災地ボランティアを通して、教会は改めて自らの存在意義を確かめることができました。教会はキリストの愛を言葉で伝えるだけでなく、行動で示す時、人々の心は開かれて生き、教会と地域の垣根が取り払われ、人々が福音への関心を持たれることを被災地での活動を通して教えられました。
波崎キリスト教会も神の愛をもって被災地の人々に仕えることができたことは、大きな経験となりました。こうして災害の危機は、人々に仕える機会となったのでした。この経験は今後災害が起きた時にも生かされることでしょう。
2015年に30周年を迎えた教会は、教会活動を活発に続けました。地域ボランティア活動としてハンドベルチームが地域の病院や高齢者施設、児童館に行って演奏や音楽活動をしました。ハンドベルクワイアは神栖市芸術祭にも参加し、音楽を通して地域の中に入っていくことができました。
普段どおり当たり前のように行っていた教会活動は、2020年3月29日のコロナ感染拡大によって、突然中断されました。教会では3月29日から5月31日までの礼拝、祈祷会、その他の集会を中止し、礼拝は集まらずに個人で行うこととなりました。コロナ感染対策として、ソーシャルディスタンスが勧められ、人込みを避けることが推奨されたからです。6月7日から教会での礼拝を再開しましたが、3回に分け、30分の礼拝としました。第3礼拝では子どもメッセージを入れ、Zoomライブ配信を開始し、Zoomでも参加できるようにしました。第3礼拝後は短く子どもたちの教会学校プログラムも始めました。Zoom配信は礼拝が中断されていた時に、まず教会学校から始め、子どもたちは教会に来られない時も、Zoomでつながることができました。2020年〜2022年のクリスマスイブ礼拝は動画配信し、2022年のパイプオルガンコンサートも動画配信しました。また2022年には40周年に向けての活動計画を作成し、「伝道する教会」「クリスチャンとしての成長」「牧師と信徒による教会形成」の3つのチームによる活動を通して40周年に向けての教会活動の計画を立てることができました。そしてその計画が次のコロナ後の時期に実行に移されました。
2023年〜2025年 コロナ後の時期
2023年から40周年に向けての活動を行いました。「伝道する教会」チームではオイコス計画トラクト配布に参加し、奉仕者を募り、3年間で13,000枚のトラクトと教会案内を地域に配布しました。「クリスチャンとしての成長」チームでは、個人デボーションの大切さを伝え、成人科のクラス分けを担当し、成人科参加を呼びかけました。「牧師と信徒による教会形成」チームでは3年間学びのプログラムを持ち、「奉仕者育成プログラム」「伝道マスタークラス」「教会形成」の各シリーズの学びを提供し、参加者にとっての良き学びとなりました。またホールにみことば広場、賛美広場を設け、教会員の今年のみことばや好きな賛美を分かち合いました。2024年には4年ぶりの世の光のつどい鹿島大会が波崎キリスト教会会場で行われ、75名が参加者し、36名の合同聖歌隊で主を賛美しました。
一方、コロナ前まで毎週持っていた愛餐は、奉仕者の負担もあり、特別な時だけ持つようになりました。こひつじくらぶとバイブルカフェは中心的な奉仕者が召され、参加者の状況もコロナの3年間で変わり、再開することができず終了となりました。
2025年は40周年記念として、6月1日に40周年記念礼拝と感謝会を持ちました。感謝会では40年間の写真をプロジェクターで映し、また過去に取った集合写真を会堂に貼って、40年の恵みを覚えました。また3月から11月の礼拝で、過去のみことばの歌を賛美し、それを録音して、みことばの歌のCDを作成しました。9月7日には準備をしてきた40周年記念救いの証し集を発行し、教会員の救いの恵みを改めて知る機会となりました。そして10月11日から19日まで星野富弘花の詩画アート展を開催しました。10月12日のパイプオルガンコンサートは富弘展とのコラボ開催とし、富弘さんの詩の朗読をオルガン伴奏とプロジェクターでの詩画の上映によって行いました。コンサートには106名、コンサート以外の入場者127名、合計233名が参加しました。また19名のスタッフが奉仕しました。
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